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おとめのエッセイ

【女医の力番外編】学校の先生のチカラ3 「プロ教師の会」の言いたいこと

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 さて、前回の補足といいますか、いったい「プロ教師の会」の人があの(カッコ)で言いたかったことは何だったのか、もう少し見てみましょう。あれだけだと単に、桜中学アンチ金八先生一派が金八先生いない職員室で好き放題言っているだけみたいなので(笑)。



 BGMは第五シリーズからでーす。





==========宝島社『ザ•中学教師 ~ダメ教師撲滅編』===========

「金八先生」がいまだに人気があるのは、ひととひととの懐かしいつながりがテーマだからである。


 金八先生はよく「ほら、人という字は二本の棒が支えあってできているだろう。だから、みんな助け合わなくてはならないんだ」と生徒たちに説く。このときはツッパリも登校拒否的な子も、みんなフゥーンという顔をして話を聞いている。たしかに、孤独に生きるよりは仲間とつながって生きることの方がいいに決まっている。

 誰もがつながりを望んでいるのである。


 これはいわば、私たちの本質的な欲求である。自分がひとに認められ、受け入れられなければ、私たちは生きている意味さえ見つけられなくなってしまうかもしれない。

 お互いがお互いの存在のままで認めあうことができれば、こんなに素晴らしいことはない。
 教師たちもまた、生徒とつながりあうことを望んでいる。生徒たちに知識を教えながら、なおかつ、ひととしてもお互いに通じあえれば、こんなにうれしいことはないだろう。

  教師としてひととして他のひととつながりたいという願う職業の喜びと衝動とが、ともに満たされるからである。


 だが、金八先生は現実のものとはなりえない。それは何も、彼の生徒尊重的な教育姿勢が校長やまわりの教師たちからつぶされるからではない。何よりもまず、当の生徒たちから拒絶されるからなのだ。



 教師が生徒と仲よくなるためには、二重の障害をクリアしなければならない。


 ひとつは、どんなに生徒の側に立ちたいと願っても、教師は生徒たちの上に位置するものとして、生徒の内面においていつも拒否されていること。教師が生徒の主張や要求を受け入れることは、本質的に困難なのである。



 ふたつめは、どんな人間であれ、数十人の子供たちの自我をまるごと抱え込むことなど絶対に不可能なこと。ひとがひととしてつながりあえるということは、お互いをひととして認めあうことであるが、その「ひと」というのはかぎりなく食欲なものなのである。




 だから、「金八先生」は不可避的に自滅するのである。


===========宝島社『ザ•中学教師 ~ダメ教師撲滅編』============


 前回の(カッコ)は金八先生への皮肉や当てこすりみたいのが強すぎた感じがありますが(苦笑)、こうしてみると、けっこう的もついてるなと思えてきます。

 例えば、私がそうかもな、と思ったのは最後の「ひとがひととしてつながりあえるということは、お互いをひととして認めあうことであるが、その「ひと」というのはかぎりなく食欲なものなのである。」というところです。

 限りなく貪欲。先生にわかって欲しい!という気持ちが強すぎる上での悲劇ってあると思うんです。先生を独占したいとか、先生に個人的にアプローチしちゃうとか(笑)。先生を自分だけの存在、恋人にしちゃって他の生徒にかまって欲しくないとか…。



 同じです!(o^—^)ノ。

 精神科医の先生やカウンセラーに過剰な陽性転移しちゃってドロドロしちゃう世界とそっくり!




 ここで問題は再び、ひとの限りなく貪欲なエゴを適度に遠ざける距離感の話になってきますよね。





 次回それを掘り下げてみたいと思います。

 またまた脱線して、舞台を高校に移してみましょう。究極の距離感喪失の物語、禁断の教師と生徒の純愛物語です。


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~ Comment ~

1. こんにちは! 

(ノ_-。)うっ・・・高校教師出すのね!
キャ~懐かしい。曲と共に忘れられないドラマです。

理想的なこと(人)って、叶えられないからこそ求めてしまう。金八先生、こんな人がいたらなあと思うけど、普通生徒のこともよくわからないし、本当に理想の一つですね。
演じる人も精一杯で、熱いドラマだったのね!

2. Re:こんにちは! 

>スカーレットさん

金八先生はいないですね(^○^)。

逆に似てる人というか、先生の方で目指してる人は時代を超えて一定数いるんじゃないかな、と思います。
でも生徒に幻滅したり、裏切られたりしてやめちゃうのかも?
あたしがいうのもアレですが、今の子供は怖いから(爆)。

案外『天使の卵』の長谷川先生は挫折した金八先生だったりして…。

『高校教師』は一昨年だったかな、一気に観て、いつか何か書いてみたいなと思っていました。

どうなりますことか(笑)。

3. Re:Re:こんにちは! 

>ゆっきーさん
あれは秀逸なドラマだと私思います。

役者の選び方も、音楽もいいし・・・期待してます!

4. Re:Re:Re:こんにちは! 

>スカーレットさん

真田広之さんはまり役ですよね~(⌒▽⌒)。
森田童子もぴったり

5. プロ教師の極論 

「プロ教師の会」懐かしいです。その中心にいたK教師は、学生時代の私の親しい友人でした。しかしある時、彼が権威ある人になっていることに気が付きました。
さて、「金八先生は現実のものとはなりえない。」という根拠について異議があります。
一つ、「教師は生徒たちの上に位置する」からと言って「生徒の内面においていつも拒否されている」とはどうして言えるのでしょうか。上に位置する人であることを認め、その人が、人と人のつながりを求めて降りてきてくれれば、何ら拒否する理由はないはず。
二つ、「数十人の子供たちの自我をまるごと抱え込むこと」なんてどうして必要なんだろうか。生徒たちのすべてがまるごと抱え込まれることを求めているわけではない。さらに「「ひと」というのはかぎりなく貪欲なものなのである」なんて、何を根拠に、誰が言ったんだ? 人と人とのつながりを求めている先生だ、ということが生徒たちに知られていればいいのです。いざ、生徒がつながりを求めてきた時に、裏切らない先生であればいいのです。生徒も人間ですから、逆に、一定の距離感を保ってつながろうとするものです。なぜこんな極端な論理がまかり通るのだろうか。

6. Re:プロ教師の極論 

>シンちゃんさん

おはようございます。
コメントありがとうございます。

そうですね、確かにシンちゃんさんのお知り合いのこの先生は少々極端なおところはあると思います。

ただ、おそらくK氏が言いたかったのは、

>>いざ、生徒がつながりを求めてきた時に、裏切らない

というまさにその時に、程度にもよるでしょうが、それが自我を丸抱えするようなことを要求するようなレベルであった場合、それが一人だけえこひいきすることなくクラス全員にそのチャンネルを常にオープンにしておくのはとてもじゃないけど無理だよ、ということが言いたいのでしょう。

生徒がどんどん期待の範囲を拡大するようになってきて、結局その期待には答えられないということをわからせる場合、生徒によっては一方的に先生が途中で投げ出したと思うかもしれません。

距離を取ることに未熟な中学生なら十分ありうるかも?

そういう中途半端に接することの弊害の可能性を考えて極論とも取られかねないことをあえて声高に主張しているのだとすれば、案外謙虚なのかもしれないなとも思いました。

難しいですね。

7. まじ楽しい 

私ね,後おいで読んでますでしょう。先の記事読まないで,女医シリーズ順番に読んでコメント入れてます。あーケイゴリンはいつ読むの~って感じ。

対象領域は違うのだろうけれど,問題意識はすっごい重なってると感じます。だから,読んでて楽しくて。しかも後追いでも順番に読んでるから,「おーそう来るか~」という,読者としてあなたの手の平で踊らされている快感を感じちゃいます(笑)。

ま,こんなとこで。これまでの記事とコメントのやりとりから,これで十分伝わるはず。

すっげ楽しい。読んでてこんなに楽しい記事ってホームランだわ。

ありがとうございます。

8. Re:まじ楽しい 

>弁護士 下中晃治さん

ƪ(Ơ̴̴̴̴̴̴͡.̮Ơ̴̴͡)ʃ
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