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おとめのエッセイ

女医の力~その14 自分だけの決定的な体験の喪失

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 前回の「世界と現実的に接触し、世界と真に切り結ぶ存在」をもう少し考えてみたい。

 世界と現実的に接触できないとは、どんな事態なのだろう。



 例えば「リアルな実感を持てない、だからリストカットで生きているという実感を持ちたかったんだ」というティーンエイジャーの言葉に大人は眉を顰める。

 そんなこと言いたくなかったのに。どうしても理由を言えというから言ったのに…。それを聞いた大人の困惑顔の中に怒りが混じる。少女はその怒りの顔に自分の大切な最後の実感まで否定されたように思って、再び傷つくのだ…。





 左手の包帯を右手で触ってみる。

 包帯の下にまだ傷はあるんだろうか?

 私は誰?







解離のポップ・スキル/勁草書房
大澤
 普通のフィジカルな現象であれば、原因は直後に作用し、そこから後にずっとその影響を残します。
しかし外傷体験は、何か決定的な体験があったとしてもその事自体はその時には何の意味も持っていない。

それが本当にあったかどうかも疑わしい。

 つまり、「あの1618年に30年戦争が始まったのだ」ということを言える視点が獲得されて初めて「30年戦争」が歴史の中で意味ある出来事になるのとちょうど同じように、「あの時私にとって決定的な体験があった」と言い得る視点が形成されて初めて、外傷体験は意味ある記憶になり、そして人生を規定する原因にもなるわけです。

 現在、そういう風に外傷体験を記憶化するのに都合のいい視点が雲散霧消している。

 そういうような現象として多重人格を考えることができるのではないかと思っているんです。

『解離のポップスキル』 大澤真幸X斎藤環「多重人格の射程」より




 ここで「1618年の30年戦争」(Wikipedia)という、日本人にとってはややマイナーな歴史の年表が指示されているのには理由がある。

 私がタイムマシンで1618年にタイムトラベルした場合を考えてみよう。私はその戦争が30年続くかどうかをまだ知らないのだ。1年で終わるかもしれないし、10年もかかるかもしれない。

 同じように満州事変からポツダム宣言までを指して15年戦争というのは、終戦というこちら側に立って始めて名付けることができる。

 つまり私たちはそれが30年続くかどうかを知らないし、15年続くのかもその時点では知らない




 個人のトラウマも同じだ。それはすぐ忘れてしまうようなものなのか、それとも死ぬまで80年に渡って自分を苦しめる体験になるのか、私たちはそのトラウマ体験と後で認識される阿鼻叫喚の真っ只中にいる時にははっきりとは分からないのだ。





 リストカットというフィジカルな行為は、この外傷的歴史的記憶の喪失を取り戻す行為だとは言えないだろうか。

「世界と現実的に接触し、世界と真に切り結ぶ存在」であったはずのあの体験、自分を取り戻すための…。

 あり得たかもしれない無数の多元的現実の想起の中で、私という存在はこれなのだ!と、多重人格に終止符を打つための楔、浮遊する現実に定点をしるすための儀式。



 大人はだから、真剣に世界と切り結ぼうとした少女にむしろこう聞くべきだったのだ。




「世界はいつから多重人格の症状を呈するようになったんだろうね」

と……。


 続く…。
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~ Comment ~

1. 無題 

言いたくなかったのに、どうしても理由を言えとしつこいので渋々話す→「君は甘えてるよ」「君より大変な思いをしてる人はいるよ」


だから話したくなかったのに…(笑)
私より不幸な人がいるからって、私の境遇が変わる訳じゃないと思うんだ。
そういう比較、(比較に挙げた人を軽んじてるようで)私は嫌いだな。
自分の都合のいいようにしか理解しようとしないなら、聞かないでほしかったなあ…


という昔の体験を思い出しました(笑)


リスカする女の子の必死さとはなんか違うような気もしますが…(´・ω・`)


私ならこの女の子になんて言葉をかけるのかな…。「分かるよ」とも言いたくないし、「辛いね」とも言いたくないし…難しいです( ´△`)
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