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おとめのエッセイ

カンジャのチカラ4 新自由主義の理念とバトルロワイアル的動員ゲーム

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 前回「島宇宙の中で信じたいものを信じて快適に生きて行く」(という目論見の失敗)について書いたので、今回は多元的な浮遊する自己を許さず、強制的に表舞台に引きずり出されてしまう世界、⒐11・小泉改革以後の「強制動員ゲーム」について考察せねばならない。なぜならこの二つは完全なるネガとポジだからだ。




 新世紀の初め、ひとつの国が崩壊した。自信を失くし子供たちを恐れた大人たちは、やがてある法案を可決、施行する。それが、新世紀教育改革法、通称"BR法“だ。年に一度、全国の中学校の中から選ばれた1クラスに、コンピュータ管理された脱出不可能な無人島で、制限時間の3日の間に最後のひとりになるまで殺し合いを強いるという法律である。そして、今回それに選ばれたのは岩城学園中学3年B組の生徒たちだった。元担任・キタノの指導の下、食料と武器がそれぞれに渡されゲームが開始。ウィキペディアより


 本日のネタは深作欣二監督、ビートたけし先生役の『バトルロワイアル』です。

 この先生役のキャスティングにはなんと武田鉄矢さんもあがったそうです。深作欣二監督の「たけしとやりたいなあ」の一言でビートたけしさんに決まったそうですが、そして役柄から言ってその方がいいに決まってますが、金八先生が「えっと、みんなにはこれから殺し合いをやってもらいます」と教壇で宣言するシーンも捨てがたかったなあと思うのは多分私ばかりではないでしょう。

 いや、やっぱダメだ(>_<)。

 こんな衝撃的なセリフを金八先生が言ってしまったら、過去に遡及して3年B組のみんなは「生きる価値のある大人になる」前にショックで死んでしまうだろう。


「お前ら大人をなめてるだろう!いいよ、なめても・・・だけどこれだけは覚えておけ!人生はゲームです。クラスみんなが必死になって戦い・・・生き残る価値のある大人になりましょう!」




 大人の庇護はあった方が良かった。たとえそれがうざったい押し付けであっても…?

 桜中学3年B組の生徒たちはこのことをおそらく本能的に知っていたのだ。そして、ビートたけし先生(役名も北野先生)に呆れられてしまったバトルロワイヤルの子供たちはまさにここで言われちゃった通りお前ら大人をなめてる(た)」のだった。

 「大人」という大きな物語。

 フィクションだとしてもあった方がよかったのではないかと、取り返しがつかなくなってから気がついてしまった世界。2000年代を生きる私たちはときどき、あの起源を問わなくても良い道徳的な世界を懐かしむのだ。

 起源を暴き出してしまったあとの世界はニーチェの言う道徳の彼岸などというカッコイイものではなく、セカイの果てとも言うべき殺伐とした荒涼の世界、剥き出しのバトルロワイアルだったのだ。





 いじめは自由を尊重する民主主義的な教室の方が圧倒的に蔓延しやすいとよく言われる。私の皮膚感覚でもそうだし、これは多分私の世代前後では常識的なことだろう。

 何も方向付をされていない自由で民主的な真空地帯は、その場の人間を一人残らず動員ゲームのプレイヤーにしてしまう。といってもその世界はホッブスのいう「万人の万人に対する闘争」という生易しい想像の世界ではないのだ。あんなのは生易しい。ホッブズの言葉は、そうなっちゃ困るでしょっていう、その言葉がある種の抑止力として機能する(言い換えれば王権神授説という途方もなく大きな物語に庇護された)余裕のある世界の牧歌的言葉にすぎない。

「お父さんいなくなったら困るでしょ」
「うん、わかったよ、ママ。僕お利口にしてるよ」


 我々が生きている世界そういう長閑な場所ではなく、抑止力じゃなく実際に核兵器が行使された後の、続行する局地戦という現実世界が今日の学校の教室なのである。

 そのメカニズムを『ゼロ年代の想像力』の記述にみてみよう。


ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)/早川書房
 皮肉な話だが、比喩的に述べるのなら、私たちが生きている世界とは「生徒の自主性を重んじる学校の教室」のようなものだ。そこでは教員の指導ではなく、生徒の裁量で班分けが行われる。そのため、生徒たちは欲望するままに、好きな相手と班を組むことができる。だがそのために、生徒たちは自分たちの班の共同性を守るために特定の生徒を排斥し、他の班と争う排他的なコミュニティが乱立する。あるいは誰とも班が組めなかった生徒は怨嗟の感情を募らせる。なぜか?それは、学校や教師から班分けの根拠を与えられないこの教室の生徒たちは、自分たちで線を引き、班員とそれ以外を、敵と味方を、メンバーシップを確立しなければ、心地よい棲み分けを確保できないからだ。

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 次回このメカニズムをもう少し詳しくみる。

 続く…
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~ Comment ~

1. 無題 

いじめは民主主義だけじゃなく、社会主義でも共産主義でもあるような気がします。

2. 確かに 

大人をなめてる子供は多いと思う。
だけどなめられて当然という大人が多すぎるからではないかな?

映画は極端だけど、現実社会において競争というものはどこにでもあるということ、そのなかで対人関係はあるにこしたことないから自分の見方を増やすためにも嫌なものもとりあえずは我慢して受け入れるということを子供のうちから教え込まないといけないのではないかと感じます。

運動会で男女が入り混じってのリレーなんて全くおもしろくない。
こんなことしてるから感情のない子が増えていくんだと思います。

オリンピックを一生懸命見ているのもどこかでみんなが『競争して一番になる、そのための努力は必要』という美学を知っているからでしょうね。

3. Re:無題 

>bbさん

こんにちはそうですね、収容所でも軍隊でも刑務所でも、宗教団体の中にもあるのかもしれないですね。

あー(嘆)。

4. Re:確かに 

>タロットカウンセラー 喜与実さん

なめられて当然の大人はどうして生まれたんだろう?
男女混合リレー企画する先生たちもまた、競争とか責任からとっくに降りてるんでしょうか…。

だったら、あるクラスを指名して生徒にバトルロワイアルやらせるだけじゃなくて、ある県の教育委員会とか、ある県のある学校の教師対象にバトルロワイアルをやらせなきゃダメだったりして?

あー(嘆)。

5. 実におもしろい! 

>ゆっきーさん

大人のバトルロワイヤル。
あったら亡きハマコーさんなんか喜びそうですね(^w^)

経済成長する毎に物質主義になっていくから欲望に欲望され周りが、自分の子供すら見えなくなってしまった結果だと思いますよ。

あたしもバトルロワイヤル、参加したいわ(*^o^*)

6. Re:実におもしろい! 

>タロットカウンセラー 喜与実さん

子供にやらせるなら、大人からやってみなさい!ということで(笑)。

でも喜与実さんは、大人バトルロワイアルあっけなく勝ちそう。
ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

7. バトロワ版金八先生… 

見たいような、見たくないような(笑)
いや、金八見て感動した自分が崩壊しそうなんで、やっぱり遠慮しときます( ´艸`)


そういえばPS2のゲームで金八先生のがあるんですよね。プレイヤーが入院した金八先生に代わって教壇に立つという(笑)
(私はプレイしたことありませんが…)


話変わるのですが、ふと「いじめの最小単位」が気になりました。
例えば無人島みたいな閉鎖された環境に人を置いたら、何人目からいじめが起こるのだろう、とか…


昔、小学校でウサギを飼っていましたけど、彼らって多頭飼い向いてないのですよね。いじめられちゃうウサギが出てくるから。
それでそのいじめられてたウサギを群から引き離したら、また別のウサギがいじめられてしまう…と…なんか、悲しくなってきました(笑)

8. もっとシンプルに 

ダーウィニズム?

9. こんばんは。 

>>生徒の自主性を重んじる・・・

にふと弱者、強者にたとえるならば、強者の操作性をかんじるものです。
強者側から見ればある種の選択性の自由(自主性)を与えているようで、その実その自主性を操作する情報操作を隠して導いているような、歴史にしろ、ネットにしろ情報にどれだけ咀嚼できるか、それもまた自己の内なる戦いや多重性を紐解くことになりかねないのですが、必要にも思われます。
自分としては戦いは進化の要請と見る立場にいます。

10. Re:バトロワ版金八先生… 

>akiruさん

うわ、金八先生もゲームになってたんですね(笑)。まあ、教室ってゲームの舞台そのものなのかもなあ。

うさぎのお話は、自然淘汰とかそういう生物学の術語も連想しちゃいますね…。

11. Re:バトロワ版金八先生… 

>akiruさん

うわ、金八先生もゲームになってたんですね(笑)。まあ、教室ってゲームの舞台そのものなのかもなあ。

うさぎのお話は、自然淘汰とかそういう生物学の術語も連想しちゃいますね…。

12. Re:もっとシンプルに 

>深川歌仙さん

あー(嘆)。

13. Re:こんばんは。 

>夏流さん

>>>>>>>>
>>生徒の自主性を重んじる・・・

にふと弱者、強者にたとえるならば、強者の操作性をかんじるものです。
>>>>>>>>>>

このエントリー表題を「新自由主義」にしたのはまさにそれなんです。

金融ビッグバンとか全部強者の陰謀だったことを、見抜けなかった。
そして今では朝日新聞より日本経済新聞が史上最強のイデオロギー新聞になっているのでしょう。

14. 無題 

武田鉄矢は金八先生のイメージが強いが,白夜行の刑事役は名演技。
ただし,前半ね。後半はちょいとなぁ。

記事本文はね。第3項排除かな。
バトルロワイヤル。第3項排除をなくした社会だね。

そう考えると,人が社会を形成するということ自体の罪深さを思うかな。

カムイ伝は名作だわ。

15. 無題 

すっげ面白い。ここでいきなり新自由主義か~。

まあね。そうだね。

ゆっきーさんの関心事は,私が思うに,「わたしーあなた」関係の根源的な問いであって,その問いは,その「わたし」と「「あなた」が沢山いて現代的なツールで繋がるこの「社会」のあり方に向かうわけ。

「社会」ってなんだろう?

もし,新自由主義に対して,例えば,「連帯」という言葉を対抗させるとしたら,その「連帯」って,成立するのだろうか・・・・。

こんな問題意識かしらん

16. Re:無題 

>弁護士 下中晃治さん

映像版「白夜行」のラストの刺されるところのシーンはちょっとやり過ぎの感じもありましたよね~(笑)。

第三項排除を大人がなくしてあげたとしても、子供社会ではそれがせっせと作り続けられてしまう。

今村仁司的に言えば「差別をなくしても差異は消えない」と言ったところでしょうか。

その差異を再び差別レベルのステージに際立たせたのが、この映画かなと思います。

17. Re:無題 

>弁護士 下中晃治さん

その連帯はリバタリアンに対するコミュタリアンの位置づけになろうかと思います。経済的新自由主義の対義語でいえば保護主義でしょうか。
自由に抗うもの、自由の真の意味を問うものは「連帯」を突き詰めて考えるところから生まれるのかも知れない。

小泉純一郎さんが天才的であったのは、この大問題を「抵抗勢力」という言葉で一蹴してしまったことだと思います。

そのため、失われた10年はさらに失われていくでしょう。

おじいちゃんおばあちゃんの郵便貯金が国際金融資本市場というバトルロワイアルに引きずり出されるのと同じく、私たちの「人格的リアル」もまた解離性遁走症候群の嵐の中に雲散霧消してしまうのか?

それが私の問題意識の一つです。

18. Re:Re:無題 

>ゆっきーさん

うむ。TPP芸人の彼が国民経済というときの発想を感じてしまった。
グローバリズムという言葉。なんだって,この日本でその言葉がプラスの価値イメージで語られちゃうのかね~。

しかし・・・・「私ーあなた」の世界の話が,いきなりしまの資本主義の話につながっちますとわ・・・。
すっげ面白いブログだわ。
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